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講演コウエンタイトル s2 自己ジコ紹介ショウカイ
講演コウエンタイトル
本日は30周年おめでとうございます。 
只今ご紹介いただきました眞鍋です。 私のような者にこのように立派な会場でお話する機会を与えて頂き、大変光栄に思います。真にありがとうございました。
最初に、私の身元ミモトアキらかにしておこうと思います。
私は、今回お声掛けしていただいた、こちらの工藤専務とは、中学・高校時代の同級生で、大学ダイガク卓球タッキュウ一緒イッショだったんですが、略歴はお手元にお配りした自己紹介の通り昭和41年から24年間NTTの研究所で通信用の磁性ジセイ材料や金属キンゾク材料ザイリョウの研究および研究マネージメントを通じて、自己本位のぬくぬくとした生活を送ってきたんですが、平成2年に役職定年で新日鐵の研究所に移り、平成9年に神奈川アカデミーに出向して、初めて教育事業に携わりました。事業ジギョウ目的モクテキは社会人の再教育だったんですが、私自身ワタシジシンとしては、他人様に期待する初めての体験でした。63歳になったトキに、幸運コウウンにも、北大で大学院教育の職を得、特任教授として、自信ジシンって、大学院教育用のeラーニングシステムを立ち上げてきました。
ということで、今日お話しする光ファイバの研究にワタシ自身が直接チョクセツタッチしたことはありませんで、あえて言うなら、光ファイバの研究に目処が立った、1979年に、次世代の探索テーマの一つとして赤外ファイバの立ち上げをやったのと、その2年あとに、研究室長になったときに、光回路の研究グループが私の研究室にいたというだけでして、今日の話は隣の研究グループとか隣の研究室とか昔仲間との飲み会の席で聞いたり見たりした事をまとめたものですので、演題を、「・・・余話」とさせていただきました。
それから、この赤字の部分は、今日、皆様のご意見を頂ければと思っていることなんですが、
 行為的直観」というのは、私の恩師の口癖でして、日本の代表的な哲学者として有名ユウメイな、西田幾多郎先生のゼン研究ケンキュウべられていることなんだそうですが、「独創というのは、そのことをとことんやりぬいた人だけが、ある日、ある時偶然にひらめいて手にできるものなんだ」ということを大学時代に教わり、NTT時代には、それを信じて、日夜実験研究に明け暮れていたのですが、
今日お話しする光ファイバの開発の歴史なんかを振り返ると、研究が花開くためには、グループの研究は必須ですし、そこでは、originarity争いではなくて、協創というか、グループCreativityとでも言ったものがより重要な気もしてきますし、更には、監督力みたいなものの重要性を感じます。 
そして最近はeラーニングなんかやっていますと、結局本物ってのは、独創とか協創とか子供じみたことを言ってないで、他人の真似でもなんでもいいから、安くて、使い易くて、信頼性が高いものを早く作ってよ!それが本物なんだなんて気もしていまして、このあたりについての皆様のご意見を頂ければと思っている次第です。
s3 講演コウエン目次モクジ
これは、今日の話しの概要ですが、最初に、光ファイバとはどんなものかということを、少し説明させていただき、それから、本題の光ファイバの開発に進みたいと思います。
死の谷というのは、後で説明させていただきますが、研究・実用化の過程で立ちはだかる手強い障壁で、多くの新技術がこの障壁に阻まれて日の目を見ることが出来ないというのが現実なんですが、光ファイバの開発では、NTTの持つ通信線路を、全部、銅線から石英ガラスに転換するというもので、100年に一度あるかないかの大事業だったと言われておりますが、こんな凄いことが、1971年から、たったの10年位で成功してしまつたという成功物語でして、今日はその足跡を紹介したいと思います。そして、先ほど申しました、独創、協創、本物などについて、御意見を頂ければと思います。

追補の部分は、スライドだけになりますが、光ファイバの実用化にめどが立った1980年位から以降の動きとして、
@一つは、石英系光ファイバを置き換えるような新材料系の探索研究の開始、A二つ目は、中継系の光ファイバ網の高速性・高機能性を生かした、全光ネットワークを作ろうという動き、B三つ目は、中継系のネットワークに光ファイバを導入する目処が立って一安心していた矢先に、敷設した光ファイバの損失値が経時的に増加するという一大事に遭遇し、大慌てした一幕、等を
ホームページ(http://www.paa.gr.jp/~pa19/)にアップしておきますので、御関心のある方は、そちらの方もご覧ください。 
追補の部分は、スライドだけになりますが、光ファイバの実用化にめどが立った1980年位から以降イコウウゴきにれてみました。
@一つは、石英系光ファイバを置き換えるような新材料系の探索研究の開始、A
フタは、中継チュウケイケイヒカリファイバアミ高速性コウソクセイ・高機能キノウ性を生かした、全光ネットワークを作ろうというウゴき、
B三つ目は、中継系のネットワークに光ファイバを導入する目処が立って一安心していた矢先に、敷設した光ファイバの損失値が経時的に増加するという一大事に遭遇し、大慌てした一幕、等をホームページ(http://www.paa.gr.jp/~pa19/)にアップしておきますので、御関心のある方は、そちらの方をご覧ください。 
s4 ヒカリファイバ通信ツウシンイト電話デンワ 1-04 [光ファイバ通信と糸電話]       
  これは、光ファイバ通信と糸電話通信とを比較した図なんですが、
糸電話の場合は、御存じのように、声の振動がそのまま振動板を震わせ、それが糸を伝わってゆく、1:1の通信ですが、 
光ファイバ通信の場合には、一旦、光ファイバを伝わる光信号に変換されてから伝えられ、受信側で音の情報に戻されるという、この信号変換があるというのが特徴です。この信号変換の機構を入れることによって、一本の光ファイバで複数の人が同時に通信できるようになります。信号変換の部分は、電話機の送受話器、電話局などになり、電話局デンワキョク電話局デンワキョクムス回線カイセン中継チュウケイセンいます。この信号シンゴウ変換ヘンカン機構キコウれることが、イト電話デンワ方式ホウシキでは実現ジツゲン不能フノウだった、1億人オクニンものヒトがスマホで動画ドウガをやりできるネットワーク構築コウチクダイ1のカギになります。
 信号変換は、キーワード的には、「符号化」と「多重化」さらには「辞書」ということになりますが、
 「符号化」というのは、直感的には、モールス信号が分かりやすいと思います。Sを・・・、O===という信号に対応させておきますと、SOSという情報ジョウホウを送るのに、光の断続で、・・・===・・・と送り、受信側でSOSに戻すという方式です。
 多重化というのは、一本の中継線で何人分ナンニンブン通信ツウシン同時ドウジオクれるかという特性トクセイで、いろいろなやりカタがあるのですが、
たとえば、波長多重ですと、信号変換のところにプリズムを置き、赤はAさん、青はBさん、・・・と7色の光を7人の加入者に割り当てておきますと、1本の中継線で7人の通信を同時に行えるようになります。ただし、その場合バアイ中継チュウケイセンは、7イロヒカリ透過トウカする特性トクセイソナえている必要ヒツヨウがあります。 トキ分割ブンカツ多重タジュウですと、一定イッテイ時間ジカンハバったフレームという、通信ツウシン処理ショリ単位タンイサダめ、そのフレームの最初サイショに同期信号を入れることにしておくと、フレーム内の最初の1秒間ビョウカンはAさん、ツギ1秒間ビョウカンはBさん、・・・と時間的ジカンテキ分割ブンカツして送信ソウシンし、受信側で同期信号を基準に、ハジめはAさん、ツギはBさんと復元して、複数フクスウヒト通信ツウシン1ポンヒカリファイバで実現ジツゲンしています。 この場合バアイは、中継チュウケイセンに、フレームナイ何人分ナンニンブン信号シンゴウめるかという特性トクセイモトめられます。今日キョウハナしするヒカリファイバは、銅線ドウセンクラべて、ジツは、100万倍マンバイくらいも高性能コウセイノウでして、1億人オクニンものヒトが、スマホで動画ドウガをやりとり出来デキ通信網ツウシンモウ実現ジツゲンするカギになっています。
 「辞書」というのは、パソコンのメール通信が分かりやすいと思いますが、パソコンで入力した文字をコード表で数字に変換し、それを0、1のディジタル信号に変換して送受信します。 この文字(情報)と信号との変換表を辞書と言います。
 この多重化の性能、つまり、どれだけパルスを詰め込めるかという性能を帯域といいます。中継線に使われる銅線の同軸ケーブルに比べて、光ファイバの帯域は、その100万倍もあるので、一億人の加入者がスマホで動画を送っても対応可能という回線が出来ているわけです。 最近3D(立体)プリンタなんてのが話題になっていますが、この信号変換のところに、物質輸送用の辞書とインクジェットプリンタを組み合わせた端末を開発すると、質量輸送が実現できることになるわけです。  
最近では、Fiber To The Homeと言って、電話局と加入者を結ぶ回線にも光ファイバが使われ始めましたが、今日お話しする光ファイバは、主として、電話局を結ぶ中継線をイメージしています。中継線では、どの位遠くまで届くかという透明性に加えて、多重度がどこまで取れるかという広帯域性が基本特性になります。
このほか、ファイバ強度や接続の容易さなども基本特性と同じくらいの重要性がありますが、今日は、透明性と広帯域性に限って話を進めさせていただき、接続は参考スライド集の方にあげておきますので、ホームページ(http://www.paa.gr.jp/~pa19/)をご覧ください。 
ということで、ヒカリファイバ通信ツウシンは、イト電話デンワシステムに信号シンゴウ変換ヘンカン機能キノウクワえただけなんですが、通信ツウシンセンとしての性能セイノウ桁外ケタハズれにスグれていたので、1億人オクニンものヒトが、スマホで動画ドウガをやりりできる通信ツウシンシステムが可能カノウとなり、サラには、立体リッタイ通信ツウシンまで可能カノウになるだろうということと、そのカギは、信号シンゴウ変換ヘンカン仕組シクみにあって、そこがこれからのビジネスチャンスになるということです。
s5 ヒカリファイバの基本キホン特性トクセイ 1-05 [光ファイバの基本特性]
システム側から要求される、伝送損失と広帯域性を材料側の特性で表現しますと、「光損失」と「分散」ということになります。 
透明性は、裏返すと、光損失ですが、すぐに思い浮かぶのは、不純物による吸収ですね。ルビーの赤い色やサファイヤの青い色は、どちらも母材は酸化アルミニュウムですが、ルビーの方はCr、サファイヤの方はCoという不純物の色になります。光ファイバの場合には不純物は無いほどいいわけで、色がつくなんてもってのほかですが、通常の不純物は、Siの高純度化技術のおかげで、高純度原料を使用することによって、比較的容易に減らすことが出来ました。
それから、紫外吸収赤外吸収は母材の成分で決まる材料固有の損失になります。光ファイバに使う石英ガラスは、成分的には、酸化ケイ素ですので、酸素とシリコンの結合による吸収で決まります。
それから、最後まで残ったのが「水」の吸収でした。これも不純物吸収ですが、こちらの方は、今日お話しする、光ファイバの開発史そのものと言っていいほどのドラマがありました。
それから、ガラスの場合には、原子の配列が結晶のような規則的なものから崩れていますので、散乱損失があります。
レーリ散乱は空が青く見える原因として聞いたことがあるかと思いますが、波長よりも小さい粒子による散乱で、石英セキエイケイヒカリファイバでは重要ジュウヨウな損失要因になっています。
伝送帯域の方は、導波管で昔から研究されているものですが、ファイバの構造に関係するモード分散と構造分散、材料に固有の材料分散があります。一般に固体の屈折率(n)は波長で異なるので、光の伝搬速度(1/n)が波長で異なるということに起因して信号パルスが広がってしまい、伝送帯域を狭めてしまうという現象です。
構造分散というのは、光ファイバーでは、コアとクラッドで屈折率差をつけ、境界で全反射させて伝搬させていますが、光が一部クラッドへ染み出し、この染み出しの割合は光の波長によって異なるため、光の伝搬経路の長さが波長によって違ったものとなり、伝搬時間が異なりパルスの波形が広がってしまう現象が発生します。これが構造分散です。
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光ファイバの構造   s7 光ファイバの分類 
1-06 光ファイバの構造  
 それで、光ファイバの場合には、透明性と広帯域性を得る為に、単純な裸のガラスファイバではなく、屈折率の分布を制御した構造を持っています。光ファイバによる導波の原理は、全反射でありまして、現在使われている光ファイバ構造は、この3種類です。
 右側の写真は、ファイバ断面で、上二つが干渉顕微鏡写真です。
中心部分の屈折率が高くなっておりまして、光はクラッドとの界面で全反射されながら伝わってゆきます。  ステップ型ファイバのこの部分はバリア層と呼ばれているものですが、後ででてくる、水の浸入を防ぐ為のものです。一番下の単一モードファイバは、干渉縞が見にくいので、通常の透過写真を示しています。
 s6スライドで大事なことは、
光ファイバは、コア(コウ屈折クッセツリツ領域リョウイキ)の形状、即ち、光ファイバの構造で分類されているということでして、上から、(1)ステップ(SI)型光ファイバ、(2)グレーデッド(GI)型光ファイバ、(3)単一モード(SM)型光ファイバと呼びます。通信用では、クラッドのガイケイが、いずれも、125μm、コア径はステップ型とグレーデッド型では50μm、単一モードファイバで約8μmと決まっています。
 単一モードファイバは、ステップ型光ファイバのコア径を単に小さくしただけですが、電磁気学的に、伝搬モードは一つになりますので、モード分散は無く、広帯域になり今の中継線の主流です。
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魔の川、死の谷、ダーウインの海  2-01 魔の川、死の谷、ダーウインの海 
これは、研究ケンキュウマネージメントで使ツカわれているイメージ図なんですが、
基礎研究と応用技術との間には、「魔の川」という障壁があり、応用技術と事業化との間には「死の谷」という障壁があり、さらに商品化・、産業化するためには「ダーウィンの海」という生存競争を勝ち抜かねばならないというイメージ図です。 
NTTでは技術開発のところは、「実用化」と言いまして、研究と実用化の間には、LaboratoryTest、実用化と事業化の間には実用化試験、事業導入の最終判断には、実際のお客様にサービス提供しながらテストする商用試験を行っています。  
1.研究・基礎研究:独創性、新規性 (研究所試験)
    →独創に目がくらむと魔の川でおぼれてしまう。 
2.技術開発・実用化:コスト、寿命(実用化試験) 
    →メーカと共同研究、コスト、寿命をクリアしないと死の谷に落ちる。 
3.事業化(通信用):利便性、保守性、信頼性(商用試験
    →商品レベルでは、代替技術との生存競争にさらされる。 
4.産業化・商品化・汎用化:代替技術、生存競争(レイ:VHS vs. β)
    →マーケット拡大(FTTH、家電・医療用など)
光ファイバもこんな経過を経て、中継チュウケイセンに導入され、次いで、加入者カニュウシャセン(Fiber To The Home)への適用テキヨウクルマ社内シャナイ配線ハイセン医療イリョウ用、センサ用など他の用途に広がっていますが、今日は、死の谷をどのように乗り越えたかとういうお話をします。 
s9 ヒカリファイバ伝送デンソウ損失ソンシツ低減化テイゲンカ経緯ケイイ s10 光ファイバ開発の足跡(1) 
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2-02 光ファイバ伝送損失の低減化経緯
さて、今日の話は、1966年のKaoの提言から始まって、1970年コーニングの20dB/km光ファイバが実用化に火をつけ、1974年ベル研の1.1dB/km、1976年NTT/藤倉の0.47dB/km、1981年NTTのVAD単一モード光ファイで0.2dB/km達成と、光ファイバの開発競争=伝送損失低減化の先陣争いという視点から、エポックメイキングな節目をたどって行きたいと思います。 
2-03 光ファイバ開発の足跡(1) 
s10は、マエのスライドを言葉コトバ表現ヒョウゲンしたものです。
 普通、光ファイバ開発の第一歩は、1966(昭41)年のカオ博士の提言から始まります。光通通信の第一歩となるとレーザの発明からになりまして、それは、1960年のレーザの発明からになります。1960年からカオ博士の提言までの間は、光ファイバ通信から見ますと、まだ、夜明け前でして、NTTなんかでも、レーザ光を空間を飛ばす光通信を研究していましたし、この頃は、まだ、ドウカン使ツカったミリ波通信ツウシンの研究もやっておりまして、まだ、光一辺倒ではありませんでした。
  1964年に、西澤潤一先生がグレーディッドファイバを発明され、NTTにも売込みがあったようですが、1970年のコーニングの発表以前は、NTTの研究所は動きませんでした。 
と言いますのは、この頃の光通信は、空間伝搬の通信を研究しようというのが主流でして、私がNTTに入社したのは1966年ですが、この頃の採用パンフレットには、HeNeレーザという、コヒーレントな光を使うと、 20000チャネルの超多重通信ができるかもというようなことが載っていたように思います。空間伝搬というのは、透明度が大変高いんでして、例えば、正月の3ヶ日なんかの晴れた日には、車の排気ガスの影響のない真っ青な青空で、都心からも富士山がはっきり見えますが、その時の損失がkmあたり0.2dB位といわれておりまして、一方カメラのレンズはといいますと、300dB/km位もありまして、一寸先も見えない濃霧の日の透明度に相当しております。当事の常識では、とても、固体のファイバ中を光を通すなんてことは信じられなかったのだと思います。
  1970年のコーニングの20dB/kmファイバが出来たという発表は衝撃的で、西澤先生のGIファイバは、NECと日本板ガラスでセルフォックとして実現されますが、当時は40-50dB/kmどまりだったそうで、コーニングの発表は夢のまた夢を実現ジツゲンしたということだったようです。
ちなみに、20dB/km、スナワち、1kmで1%透過トウカというのは、同軸ドウジクケーブルの損失ソンシツオナじで、通信用ツウシンヨウゲンヨウ中継チュウケイセン標準的ヒョウジュンテキです。
1971年には、NTTは光ファイバの研究を本格的に開始しますが、 
 第2のエポックは、1974年のBell研の製法開示です。このMCVD法で世界中が追試可能となり、低損失化競争が始まります。 
 NTTも1975年には、実用化フェーズに入り、メーカとの共同研究をハジめまして、翌1976年には、0.47dB/kmという、当時のチャンピオンデータを手にして、世界に打って出ました。 これをダイ3のエポックとしました。
 ダイ4のエポックは、国産コクサン自主ジシュ技術ギジュツ、VADホウ発表ハッピョウです。当初トウショは、高速合成による低価格光ファイバを目指しますが、脱水技術を発見して、1981年にはOHフリーのVAD単一モード光ファイバを実現ジツゲンし、死の谷を越えました。さらに、量産化への橋渡しと次世代への新たなステップを踏み出し、現在ゲンザイ、光ファイバの価格は、開発当初2000円/mもして、金線なみの通信線と揶揄されていたのが、なんと、3円/mで出来るようになり、国内コクナイでは90%以上イジョウがVADホウツクられているそうです。
 今日はこのあたりのポイントを余話として、紹介します。 
参考サンコウ:Wikipedia(光ファイバ開発の歴史)
1930年、ドイツのハインリッヒ・ラム (Heinrich Lamm) が、ガラス繊維の束に光を導く実験を行った。これが、ガラスファイバーの束に光を通す初めての試みとなった。
1936年、逓信省研究所の関杜夫と根岸博(清宮博)が、ガラスロッドの湾曲部にプリズム・レンズを用いて、全反射によって光線信号を伝送する光線導管による光通信を考案し、特許を出願した[5]
1958年になるとガラスファイバーの芯を違う種類のガラスで巻くという、コアとクラッドによって構造される石英ガラスファイバーがイギリスのN.S.Kapanyによって考案される[6]。これにより、ケーブル内の屈折率の違いによって光を全反射で誘導するという光ファイバーの基礎が確立された。また、このとき初めて「光ファイバー」という言葉が使われた。
1961年、Elias Snitzerによって、シングルモード光ファイバーが提案された[7]
1964年、西澤潤一、佐々木市右衛門は、ガラスファイバーのコア内の屈折率を  中心から周辺に向かって連続的に低くなるように変化させ、入射角の異なる  光をファイバー内で収束させる自己集束型光ファイバー(GI型光ファイバー)の  概念を特許出願により提案し[8]、自己集束型光ファイバーによる光通信の可  能性について言及した。しかし特許庁は意味がわからないと不受理にした[9]
    同様の構造の光ファイバーは、ベル研究所のスチュワート・ミラーによっても提案されている[10] 。ミラーは、ガラスが効率的な長距離伝送の媒体となることを理論的に示した。
1965年、チャールズ・K・カオの論文により、ガラスの不純物濃度を下げれば光の損失を低減できるので、損失率が20dB/kmであれば通信用の光ファイバーに利用できる旨の提案がなされた。
     これまでに確立された理想的なガラスファイバーの理論から、不純物を含む現実的なガラスファイバーでの光の減衰特性の理論を唱えた画期的なものであった。これにより、ガラスファイバーの不純物を下げる研究が活発に行われるようになり、光ファイバーは実用化に向けて大 きく前進した。
     カオは、光通信用の光ファイバーに対する先駆的な貢献により、1996年に日本国際賞、2009年にノーベル物理学賞を受賞した[11]
1965年、世界初の光ファイバーによるデータ転送システムのデモンストレーションがドイツの物理学者マンフレッド・ベルナーによってテレフンケン研究所で行われ、このシステムの特許が1966年に申請された[12] [13]
1966年には、西澤の研究は日本板硝子と日本電気によってセルフフォーカスファイバー「セルフォック」として実現される。その時点では60dB/kmが限度であった。
1970年、アメリカのコーニング社が通信用光ファイバーを実用化したと発表し、光ファイバの製造法とカオ論文に示された光ファイバの構造を始めとする基本特許(米国特許第三六五九九一五号)を得た。コーニングの光ファイバーは非常にもろく、まだ実用化にはほど遠いものであったが、カオの理論通りに20dB/kmの損失を達成した[14]。日本の特許庁はそれが西澤と類似するものであることを知りながら口をつぐんだ[9]
    またコーニング社の発表に続く形で、不純物のドーピングによる多層結晶成長の技術によって、常温で連続作用可能な半導体レーザーがベル研究所のパニッシュと林厳雄によって試作された。 同時期に、同研究所のA. J. ArthurとA. Y. Choが新たな結晶成長方法、分子線エピタキシー(MBE)を考案した。MBEで作った新素子は寿命100万時間を達成した。 これらの技術により、光ファイバーのレーザー光源の技術が確立された。
1974年、ベル研究所のジョン・マクチェスニーはMCVD(内付気相堆積)法での光ファイバーの製法を編み出した[15]。この製法セイホウで、損失率1.1dB/kmを達成タッセイした。
1977年、日本電信電話公社(現在のNTT)の茨城電気通信研究所の伊澤達夫が、VAD(気相軸付け)法による光ファイバーの製造方法を発明した[14][16]
1980年には、VAD法によって、損失値は0.20dB/kmに達した。 現在、VAD法の製造スピードはMCVD法の約100倍となっている[17]
s11
C.K.Kao博士ハカセ先見性センケンセイ s12 ヒカリファイバ最初サイショ一歩イッポ
http://ja.wikipedia.org/wiki/
Ref.Wikipedia:ノーベル賞の受賞理由について[編集]
[20] の編集で「光通信用の光ファイバーに対する先駆的な貢献に対し」という部分が削除され「この業績により」となってしまいましたが、ノーベル財団のホームページ[21]からたどれる場所 (Scientific Background など) に1965年の論文の記述が見当たりません。正確に記述するためにもノーベル財団の声明どおり「光通信用の光ファイバーに対する先駆的な貢献に対し」という記述を戻すべきだと思うのですがどうでしょうか。--Cookie4869 2009年10月8日 (木) 12:00 (UTC)
2-04 Kao博士の先見性 
これが、最初の一歩と言われているKaoさんの論文(2009年のノーベル物理学賞)ですが、横軸が波長で縦軸が損失です。波長0.65ミクロン(He-Neレーザ)あたりで、約0.2dB/mです。100mで20dBでから、100mで入射光の1%が通ってくるというデータで、1kmでは200dBにもなってしまいますが、Kaoさんは、これで、20dB/kmを予測するわけです。
2-05 光ファイバ最初の一歩 
これは論文の抜粋ですが、It is foreseeable that ・・・と言っているんです。鉄不純物を1ppmまで下げると、バルクロスですからコア/クラッドの界面不整みたいなものは別という事で、20dB/km、1kmで1%透過するガラスが得られることを予知できると言っているんです。 NTTの技術論文の外人添削では、 実現性があるときには、feasible →feasibility  といい、実現性がないときには、possible → possibilityを使うと習いましたが、どちらでもないところが面白いと思いました。  
 参考サンコウ
 foreseeable=予知できる、 expect=期待する、 predict=予言する
 possible→possibility=可能性 (できないときに使う)、feasible →feasibility=実現性 (できるときに使う)
2009年のノーベル物理学賞になったのは、大変おめでたいことですが、1966年の時点では、世界はまだフィーバしませんでした。 
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20dB/kmのヒカリファイバ実現ジツゲン s14 20dB/kmのインパクト
 
  
2-06 20dB/kmの光ファイバ実現 
最初のエポック、画期的な出来事は、やはり、コーニングの20/kmファイバの実現です。
1970年 米国 コーニング社が、CVDホウによって、20dB/kmの単一モード光ファイバの作製サクセイ成功セイコウし、発表しました。
当時,光フ ァイバの製法はロッドインチューブ法としてコアロッドをクラッドに当たるパイプの中に 挿入して熱延伸する方法が普及していたが,この方法では,コアとクラッドの間の泡 や不純物が除去できず損失を低減することが極めて困難であった。一方,コーニング社は CVD 法によるTi ドープの石英ガラス基板を天体望遠鏡の反射鏡用として製造しており, コアとクラッドの境界をスムース にすべくこのCVD 技術を応用しようとしたが、若いシ ュルツの提案で、コアとクラッドの境界にCVD 薄膜をつけるのなら,どうせ後で熱延伸するのであるからCVD 膜そのものをコアとすることとし、低損失化に成功した。 
2-07 20dB/kmのインパクト 
また、この年(1970)Bell研【林厳雄】より発表された、GaAs半導体レーザの室温連続発信成功とあいまって、光ファイバ通信システムのイメージが「光ファイバ+半導体レーザ」に固まりました。
1971年にはNTTも光ファイバの研究を本格的に開始しました。 
参考サンコウ西澤ニシザワ紘一コウイチ_Newガラス巻頭言カントウゲン「ブレークスルーを成功させるために」_NEW GLASS Vol.22 No.32007
s15 Bellケンが、MCVDホウ開発カイハツ s16 MCVD装置ソウチ概要ガイヨウ
2-08  Bell研がMCVD法を開発  
s15がベル研の巻き返し論文ですね。この論文で、世界中が追試可能となり、ケーブル化などの周辺技術も含めて、光ファイバ通信の開発に拍車がかかることになります。 この論文で、世界中が追試可能となり、ケーブル化などの周辺技術も含めて、光ファイバ通信の開発に拍車がかかることになります。
通信では世界のリーダと誰もが認めているベル研が、ファイバ製造ではコーニングに先を越されたわけで、MacChesneyの論文には、ベル研の威信をかけた意地を感じましたね。ここにもありますように、ベル研は、重要発表は、BSTJに第一報を出すんですね。それも公開時期と、投稿時期は必ずも一致していなくて、暖めてから公開と言った発表戦略を感じます。 
2-09  MCVD装置の概要 
s16が、MCVD法を発明した、MacChesneyさんの装置です。世界中はこの装置を真似て、追試したわけです。 
追補: 
1981年のGordon会議では、MacChesneyさんは、ゾル・ゲル法という、これは本当に水がジャブジャブの高速合成法でして、これで低価格の石英ファイバを作るんだと言って頑張っていました。
s17
MCVD装置ソウチ構成コウセイレイ s18 MCVDホウ貢献コウケン
2-10  EP-2(2) MCVD装置の構成例(NTT)
s17は、ベル研の真似をして、NTTが作った、MCVD装置の概略です。
 外側石英管の内壁ナイヘキにGeの入ったコア材の膜を付けますが、GIファイバの場合には、1層づつGeの添加量を精密に制御した膜を付け、更に高温に上げて中実化してプリフォーム(光ファイバ母材)とした後、別の電気炉で2000℃以上の高温で線引きし、表面をプラスチック材料で被覆して高強度の光ファイバを得ます。
ここでは、Lathe、スナワち、ガラス旋盤が決め手になりました。この場合の酸水素バーナは、石英管の外からの加熱ですから、加水分解ではありません。 
2-11 EP-2(4)MCVD法の貢献 
Bell研は、低損失光ファイバの特性のみならず、製造法の詳細についても発表しました。これは、各研究機関が比較的容易に追試・確認できる内容のもので、その後の研究開発に大きな影響を与えました。
世界中はベル研の思惑通り、MacChesneyの論文を引用することとなります。          
s19 チョウ波長ハチョウタイ開拓カイタク s20 チョウ波長ハチョウタイ伝送デンソウ損失ソンシツ測定ソクテイ
  
2-12  EP-3(1)長波長帯の開拓 
s18は、三番目のエポックで、日本登場です。
 1975年に日本電信電話公社(NTT)は、国内主要電線メーカ3社(古河電工、住友電工、藤倉電線)と「光ファイバと光ケーブルに関する共同研究」を開始しました。コーニングの発表から5年後、ベル研の発表から1年後になります。NTTがメーカと共同研究するということは、基礎研究の段階を卒業し(魔の川を越え)、実用化フェーズに入ったことを意味します。
 1976年に、その成果の一つとして、藤倉電線との共著で、MCVD法による「極低損失光ファイバ(0.47dB/km at 1.2mm)」の開発を発表しました。 この結果は、0.47dB/kmという損失値が当時のチャンピオンデータであったことに加えて、 石英材料固有の低損失領域が長波長帯に存在することを実証した点に価値があります。
この写真のクラッド層は、後から出てきますが、水の浸入を防ぐバリア層の役も果たすものです。            
2-13 EP-3(2)長波長帯の伝送損失測定 
s19が、長波長帯(1.2μm)の窓実証の鍵となった、測定系です。鍵となったのは、液浸セル(Liquid Innersed Cell)を使って、低NAInSb(赤外)検出の測定系を実現したことでした。
 1970
年代前半、光ファイバの損失測定用検出器には、Si系のPDが使われていました。また、光ファイバの損失も大きかったため、「波長1.1μm以上の領域」の伝送損失評価は、ほとんど行われていませんでした。 
この低NAの赤外測定系は、できた後からでは驚きでもなんでもないんですが、最初にこれに気づく人は、それまでに多くの経験と悩みを持った人だけなんだという、行為的直観の一つの例だと感じます。
この赤外分光技術によって、後に、石英系光ファイバの低損失化の鍵になるOH基の侵入経路を突き止めることに成功します。 
s21 光ファイバの開口数とは? s22 伝送損失へのNAの影響
  
  
2-14 光ファイバの開口数とは?
光ファイバの反射は、屈折率差に応じた滲みだしがあり、入射角が大きいと、漏れ光成分が大きくなり、見かけ上損失が大きくなります。NAを小さくしてやると、損失が下がるというわけです。
2-15  EP-3(3)伝送損失へのNA(開口数)の影響 
実際、 多モード光ファイバの伝送損失は、NA(開口数)に強く依存していました。     
s22は、NA(開口数)と損失の関係で、大変きれいな測定データが得られています。
このようにして、長波長領域の窓が発見されました。
s23 Rayleigh散乱 2-16  レーリー散乱 (講演では省略)
  s23は、レーリー散乱の例です。レーリー散乱というのは、光の波長よりも小さいサイズの粒子による屈折率の揺らぎによる散乱で、波長λの4乗に逆比例し、空が青く見える説明に使われています。光の波長と同程度のサイズの粒子による光の散乱はミー散乱と呼ばれ、波長依存性がなくなり、雲が白く見える原因と言われています。
   ここでチョット、測定と評価という事に触れておきたいと思います。
NTTは、このレーリー散乱を測るのに、ファイバの周囲に検出器を並べ、それを長手方向にスキャンして、直角方向の光でレーリー散乱を測定しましたが、  
共同研究体制の中で、メーカーさんは、単純に光ファイバの透過スペクトルを測って波長の4乗に逆比例するようになるまで、ファイバを曳いては測り、曳いては測りしました。 
結果はメーカさんに軍配が上がりました。計測という点では、NTT法の方がオーソドックスのように思いますが、評価法という目で見ますとメーカ法の方が圧倒的早いんです。とにかくファイバ全体として波長の4乗に逆比例しない限り作り直しというわけで、製造と評価のサイクルが格段に違ったわけです。
共同研究で学んだ大変大きな一コマでした。 
s24
OH基汚染源の特定 2-17 EP-3(8)OH基汚染源の特定 
1978年当時、MCVD法の改良はOH基のミナモトになる水素含有不純物の除去が鍵になると言われていましたが、@水素含有不純物を除去した高純度ガラス原料塩化物の使用と、A配管の気密化、B雰囲気ガス中の炭化水素除去では、OHイオンによる吸収は十分には下がりませんでした。また、原因不明でしたが、外側石英管として、Heraus社の石英管を使用した時だけ、高性能(低損失)の光ファイバが得られていました。
そこで、光ファイバの断片を活用してニワか仕立ての即席分光光度計を組み立て、OH基の基本吸収波長(2.73μm)を、使用して直径7mmのプリフォームでOHイオン分布を測定した結果がs24です。この結果、出発石英管Aには、170ppm程度のOHイオンが含まれ、ガラス堆積時や、中実化の時の高温加熱により、出発石英管部のOHイオンが堆積ガラス部に拡散侵入してくることが判明しました。さらに、中実化時に水分を含む大気が混入すると、母材の中心部CがOHイオンで汚染されることも分かりました。
シミュレーションの結果、単一モード光ファイバではコア径(〜10μ)の5倍以上のバリア層が必要であることも判明しました。 
s25
光ファイバの伝送損失機構 2-18 EP-3(9)光ファイバの伝送損失機構
これらの知見チケン発展ハッテンさせ、1979ネンには、損失ソンシツ0.2B/km単一タンイツモードヒカリファイバを実現ジツゲンし、石英セキエイヒカリファイバの固有コユウ損失ソンシツ機構キコウは、オモにレーリ散乱サンランシバガイ吸収キュウシュウ赤外セキガイ吸収キュウシュウによって決定ケッテイされ、最低サイテイ損失ソンシツ1.55μmタイにあることが解明カイメイされました。
このモデルにシタガえば、赤外吸収端をより長波長側にシフトする材料(フッブツ塩化物エンカブツ硫化物リュウカブツナド)では、より低損失化の可能セイ示唆シサされます。そこで、NTTは1979ネンチョウチョウ波長ハチョウタイ(2-10μm)の透明トウメイ材料ザイリョウ探索タンサク開始カイシします(s40参照サンショウ)。
s26 追補:石英コア光ファイバの最小損失特性 追補:石英コア光ファイバの最小損失特性
コアに純粋石英(ドパント無し)、クラッドに屈折率を低下させるドーパントを入れた光ファイバでは、相対的にレーリ散乱損失を小さくできるので、最低損失値を低下させることができる。
但し、コアに純粋石英、クラッドにドーパントを入れて、低損失化を図った光ファイバでは、クラッドの融点の方が低くなるので、融着接続性が懸念されます。 
s26 VAD製造法セイゾウホウ原理ゲンリ特徴トクチョウ 3-1 VAD製造法の原理と特徴
CVD(Chemical Vapor Deposition)は、ソウでの化学カガク反応ハンノウによるセイマクホウで、半導体トウで高真空を必要としない超高純度化プロセスとして知られていますが、石英系光ファイバの合成には、これを応用した2種類の化学反応が用いられています。
ヒトつは、ネツ酸化サンカホウ(Oxidation)とばれ、液体エキタイ塩化物エンカブツ原料ゲンリョウをを所定ショテイ温度オンド保持ホジして蒸発ジョウハツさせ、酸素サンソガスをキャリアとして高温化コウオンカ加熱カネツ搬送ハンソウして、
  GeCl4+O2→GeO2+2Cl2
  
SiCl4+O2→SiO2+2Cl2
化学カガク反応ハンノウによって、石英管の内側ウチガワ高純度コウジュンド微粒子ビリュウシマク堆積タイセキします。GeCl4の保持ホジ温度オンドによってGeの添加テンカリョウ容易ヨウイ調整チョウセイできるので、マク堆積タイセキのプロセスをカエすことによって、グレーディッドガタヒカリファイバのような屈折クッセツリツ分布ブンプ形成ケイセイ可能カノウとなります。
この方法ホウホウは、反応ハンノウ速度ソクドが〜1g/フン程度テイドと、比較的ヒカクテキオソいのが弱点ジャクテンですが、屈折クッセツリツ分布ブンプ制御セイギョ容易ヨウイで、精密セイミツ屈折クッセツリツ分布ブンプ制御セイギョテキします。
ダイ2の方法ホウホウは、火炎加水分解法(FHD:Flame Hydrolysis Deposition)と呼ばれ、キャリアガスに酸素と水素を同時ドウジに用いる方法で
  GeCl4+O2+2H2→GeO2+8HCl 
  SiCl4+O2+2H2→SiO2+8HCl 
化学カガク反応ハンノウ使用シヨウします。この方法ホウホウは、反応ハンノウ速度ソクドが〜5g/フンハヤく、高速コウソク合成ゴウセイテキし、また外側ソトガワ石英セキエイカン制約セイヤクいので大型化オオガタカ容易ヨウイオモわれますが、合成ゴウセイ反応に、酸水素炎を直接使用するので、合成石英中にOH基が残存して伝送損失に悪影響を及ぼすことが懸念されるほか、GIファイバ用の屈折率分布の精密制御、単一モード用の細径コアの形成が課題になります。
s28 VADホウ開発カイハツ 3-3 VAD製造法の概念図 
このスライド(s28)は、VAD製造法の概念図ですが、
ず、ミギのように、回転カイテンするSeed(種)があって、そこに、酸水素炎の中で四塩化シリコンや四塩化ゲルマニュウムを燃やして、つまり、酸化して、石英ガラスの微粒子を堆積し、タネボウ軸方向ジクホウコウげてゆきます。これを、スート、多孔質母材といいますが、これをヒダリのように高温コウオンに加熱して、透明ガラスにするのですが、その前処理として、水抜きが必要になります。この塩化チオニル(SOCl)とか、Heガスはそのためのもので、これがVAD成功の鍵になります。
透明化した後は、プリフォームと言いますがこれを線引き工程に回します。
屈折率の分布は、ミギのような、複数のバーナーと堆積部分の温度分布の制御だけで行います。
s29
VADファイバの性能セイノウ向上コウジョウ s30 VADキョクテイ損失ソンシツ単一タンイツモードヒカリファイバ
3-4 VAD光ファイバの脱水経緯 
この図(s29)は、毎年、着実にOH基が低減して行ったVADホウ開発カイハツ歴史レキシそのものなんですが、技術的には、第一の壁はプリフォーム(透明トウメイザイ)作成の段階で、気泡が抜けなくて、苦労しました。ハジめは、値段ネダン手頃テゴロArガスで透明化トウメイカ処理ショリしたんですがどうしても気泡キホウノコってしまうので、仕方シカタなしに高価コウカHeガスに変えてみたところうまくいったんですね!! 後付けの理由では、Heは表面張力が大きくて、気泡が残る臨界径がAr500倍位もあって、0.5mm以下の気泡は抜けてしまうのだということを聞いております。それが、1977年当時のデータですが、脱水という観点からはまだまだでした。 
この年に、写真の河内さんが、人事異動で、MCVDグループからVADグループに移ってきまして、彼は、入社当初(S48年)液晶表示の研究をしていて、たまたま、表面科学の専門書で、塩化チオニル(SOCl)が脱水作用があるということを知っていて、それを適用し、劇的なOH基の除去に成功するんです。最後は塩素による脱水で残存OHが1ppb以下の完全脱水に成功したのが1980年でした。翌1981年には、単一モードファイでも1ppb以下を達成、実用化の目処をつけて、1983ネンNTTと電線デンセン3シャとの共同キョウドウ研究ケンキュウ終了シュウリョウしました。
3-5 EP-(3)VAD法による極低損失単一モード光ファイバ  
S30は、OHフリーの記念すべき論文です。
それにしても、火炎加水分解法で水がジャブジャブある中で石英ガラスを合成するVADでOHフリーのファイバが実現したことは、全く、予想外のことでした。ま、たとえでいいますと、例えば、実験をやるときに、テーブルを汚さないように、細心の注意でチマチマ、チマチマ実験するのではなく、テーブルは汚しても良いから最も実験しやすい方法でドーンと実験しておいて、あとで徹底的に掃除すると言った感じですね。これは結構大事なことだと思いますが、かなり勇気ユウキのいることだともオモいます。御存ゴゾンじのように、Heガスは大変タイヘン高価コウカで、通常ツウジョウは、研究用ケンキュウヨウでも回収装置つきで使うガスですが、VADホウでは、24時間湯水のように垂れ流すわけですから、大変さはご推察いただけるのではないかと思います。ガス会社は、東海トウカイムラにあった、NTTの研究所にHeガス供給のために、茨城地区に工場を作って対応してくれたほどでした。
お手元にお配りした、光ファイバ開発の足跡(1)はここまでです。
このあとは、付録フロクの方の足跡(2)に移って、@次世代のテーマ探し、A量産化、B信頼度テスト に進みます。 
s31 量産化リョウサンカ技術ギジュツ進展シンテン_大型オオガタザイ高速コウソク合成ゴウセイ s32 VADホウによる大型オオガタザイ合成ゴウセイ
  
  
3-6 EP-44)量産化技術の進展
  VAD法は、基本性能を確認した後、量産化技術としての技術向上が図られ、大型オオガタ母材の「高速合成技術」と「高速線引き技術」が開発されました。大型母材の「高速合成」は多重火炎法で実現されました(s31)。  
3-7 EP-(5)VAD法による多孔質母材 【高卒技術者の熟練技術がカギ】 
 s32は、人の背の丈ほどのVADスートですが、こういう、できて当たり前、しかし実際に作って見せてくれという部分は、研究者にとっては、結構つらいものがあります。量産化とか、低価格化といったところはそういう、研究者にとっては比較的苦手な難問が横たわっておりまして、忍耐力のみが勝負という場面バメンオオくあります。企業によっては、事業部とか、開発部に移されるケースも多いとオモいます。ちなみに、NTTや新日鉄での研究所の成功例を見ますと、必ずと言って良いほど、いわゆる学卒エリートではない、現場たたき上げの優秀なテクニシャンがグループに入っておりますが、これは多分、偶然では無いと思います。
s33 多成分ガラス製プリフォーム(透明母材)模型 3-2 EP-(6)多成分ガラス製プリフォーム(透明母材)模型
 s33は、余話ヨワナカ余話ヨワなんですが、通常ツウジョウ成分セイブンガラスでツクったプリフォーム模型モケイです。高額コウガクなHeガスの使用シヨウをはじめ、VADホウ開発カイハツ成功セイコウウラには、潤沢ジュンタク研究ケンキュウ予算ヨサンがあったようにオモいますが、当時トウジNTTの材料ザイリョウ研究ケンキュウでは、年間ネンカン3億円オクエン研究費ケンキュウヒ破格ハカクガクでしたので、予算ヨサン申請シンセイのときに、「VADホウ加水カスイ分解ブンカイ反応ハンノウ使ツカうので高速合成が可能となり、MCVD法のようなチッポケなプリフォームではなく、こんな巨大なプリフォームができるのだ」と言って、多成分ガラスで作製したモデルプリフォームを示し、研究費獲得に成功したのです。この潤沢な予算が、高額のHeを使用した脱泡プロセスを可能にした一因イチインだとオモいます。
 M.エンデの童話に、「真のマジシャンは誰か?」というのがありまして、奇跡を起こせるには誰か?という事で、若手の天才的マジシャンがあらゆるマジック技術をマスターし大衆に向って、奇跡を起こせるのは自分だと訴えますが、大衆の反応は、その天才マジシャンの先生、つまり、普通にチョット毛の生えた程度の老マジシャンこそ奇跡を起こせる人だといいます。世の中、真実を並べ立てるより、誤解を与えるような説明の方が受けがよろしいようです。
NTTと製造技術
 もうヒトつ、VAD成功セイコウ要因ヨウインとして、Vacant Lab.というのがあったとオモいます。NTTは電電公社デンデンコウシャ時代ジダイは、独占ドクセン禁止法キンシホウで、製造セイゾウ禁止キンシされていたので、製造セイゾウ設備セツビ保有ホユウしない、大変タイヘン身軽な経営形態で、Vacant Lab.と言われていました。光ファイバの場合も、電線メーカとの共同研究という形で進んだわけですが、この身軽さが、石英系光ファイバの評価を適正に進めることができ、その結果、世の中の通信線を銅線からガラスに変えてしまうという、産業的サンギョウテキにも大変タイヘンオオきな、一大変革を成し遂げることが出来デキたように感じます。
 このアト、NTTが民営化ミンエイカススめられた、平面型ヘイメンガタヒカリ回路カイロ製造セイゾウはNTTが単独タンドクススめ、現在ゲンザイ独占ドクセン状態ジョウタイ提供テイキョウしていますが、この技術ギジュツ進展シンテン人類ジンルイへの貢献コウケンが、ヒカリファイバの場合バアイクラべてどうなのかということは注目チュウモクしておく価値カチがあるとオモいます。
s34
量産化リョウサンカ技術ギジュツ進展シンテン_高速コウソク線引センビ s35 VADホウのインパクト
  
  
3-8 EP-4(7)量産化技術 高速線引き 
多重火炎法で大型母材の「高速合成」を達成タッセイしたツギ課題カダイは、高速コウソク線引センビ技術ギジュツ開発カイハツでした。  1980ネン当時トウジ線引センビ速度ソクドは60m/フンでしたが、これを銅線ドウセン線引センビ速度ソクド1000m/フンみにしようという目標モクヒョウ設定セッテイされました。
s34は、高速コウソク線引センビ概念図ガイネンズです。ダツアワされた透明トウメイザイ(プリフォーム)は、カーボンで2000℃クライ加熱カネツされ、自重ジジュウがってくる溶融ヨウユウガラスのイトにプラスチック材料ザイリョウ被覆ヒフクし、乾燥カンソウドラムにります。ダイ1の重要ジュウヨウポイントは、低速テイソク線引センビきのときと同様ドウヨウ、線形測定器ですが、ファイバのガイケイが125μmになるヨウにカーボン加熱カネツ温度オンド制御セイギョします。このトキ高屈折コウクッセツリツのコアケイ単一タンイツモードファイバでは8μm、GIファイバでは50μmなのですが、プリフォームの段階で、そうなるように設計セッケイされています。高速コウソク線引センビ達成タッセイ重要ジュウヨウポイントは、加圧カアツダイスと紫外線シガイセン硬化コウカでした。低速テイソク線引センビきでは溶融ヨウユウプラスチック材料ザイリョウ自然シゼン浸漬シンセキ冷却レイキャク方式ホウシキ十分ジュウブン被覆ヒフク固化コカして可能カノウだったのですが、高速コウソク線引センビきでは、十分ジュウブン被覆ヒフクザイ強制キョウセイ供給キョウキュウ高速コウソク乾燥カンソウ必須ヒッスとなりました。この方式ホウシキによって、線引センビ速度ソクドは、毎分マイフン1200mにまでタッし、見事ミゴト目標値モクヒョウチをクリアーしました。
3-9 EP-4(8) VAD法のインパクト 
 研究開始当初、2000円/mで金線よりも高いと言われた石英光ファイバなんですが、石英ガラスというのは、結晶になれば、宝石の水晶ですから、MCVD法のように超精密制御下で製作したものは、本来的に高くて当然という気もするんですが、国内導入時に800円/mになって、それが大型母材合成と高速線引きに成功した今では、3円./mにまで安くなるんですから、凄いですね。今では、世界で50%、国内では90%以上VAD法が採用され、OVD法(コーニング社)、MCVD法(ATT)と共に世界の3大製法と言われています。 
s36 ムス 4 結び 
光ファイバの開発カイハツ経過を振り返ってみますと、
先ずは、NTTと電線3社で共同研究体制を組んで、MCVD法の追試から始まりましたが、幸いにも、メーカの製造技術とNTTの計測技術がかみ合って、赤外の窓発見の至ったわけですが、この源になった、低NAの計測と赤外分光高度計の試作は、出来てしまえば当たり前ですが、未踏の分野でここに至るには、それ相当の技術力があったが故の結果だったように思います。
レーリ散乱を正面から測定しようとしたNTTと力ずくで評価に走ったメーカの製造姿勢のコラボは正に共同研究の素晴らしい成果だと思います。
そうこうしている間に、加水分解反応の加水に目をつぶり、高速合成に期待を寄せた国産自主技術のVADが、高価なHeガスをふんだんに使った脱泡処理と塩素脱水法を取り込んだ透明化処理によって、OH基を極限的に
除くことに成功し、さらには、加圧ダイスと紫外線硬化法を取り込んだ高速線引き法を手にして、当初金線並みの高価な通信線と揶揄されていた光ファイバを3円/mで実現してしまったというこのドラマは、単なる幸運では済まされないように思います。
この背景には、多成分ガラスで作成したプリフォーム模型モケイによる適切な予算獲得作戦と、研究体制を石英系に一本化した監督力があったことを無視できませんし、製造設備を自前で保有していなったNTTの経営体制であったが故に、石英系光ファイバの評価を迅速かつ適正に実施できたように思えてなりません。
ということで、 行為的直観とか、独創・協創とか、監督力とかありましたが、やはり、際立つのは、先人の業績とは異なった、独自のアイディアというか、個々人ココジンの独創リョク個人コジン範囲ハンイにとどまらず、それらをタバね、ベクトルをそろえる監督カントクリョクと、それにコタえるキョウソウリョクとが整合セイゴウして、ハジめて本物ホンモノにできたようにオモいます。
こういう意味イミで、ワタシ恩師オンシオシドオり、個々人ココジンの、行為的直観が基盤としてあるということが、必要ヒツヨウ条件ジョウケンで、キョウソウとか、監督カントクリョクとかは十分ジュウブン条件ジョウケンカンガえるのが正解かなという気もいたします。
ご静聴ありがとうございました。 
s37_付録フロク ヒカリファイバ開発カイハツ足跡アシアト(2) 付録1 光ファイバ開発の足跡(2) 
1980年前後から、ポスト石英ファイバという事で、@石英ファイバを置き換えるような超低損失ファイバ材料を探そうとか(1979)、A光ファイバの両端にぶら下がる光回路の平面化を図ろうとか(1981)、B次世代のテーマ探索を開始します。その一方で、VAD技術を量産性のある製造技術に仕上げようということで大型オオガタザイ合成ゴウセイ技術ギジュツと、銅線の線引き速度と同等(〜1km/分)の線引き技術ギジュツにしたことはイマハナししたトオりなんですが、
実は、1982年6月に、NTT茨城研究所で、一旦敷設した光ファイバケーブルに、原因不明の経時的損失増加があるという大問題が発生ハッセイします。
これは、まさに、ダーウインのウミヒソ暗礁アンショウのようなものでして、下手をすると光ファイバ線路そのものが地上の星に埋もれてしまいかねない大問題でした。
以後約2年半に渡って、大規模な原因究明と対策の研究が行われ、幸い原因は外部ガイブからの水素の浸入とドーパントとの相互作用であることが分かり、ケーブル製造時の対策で無事解決して大事には到りませんでしたが、緊張が走った一瞬でした。
1985年クライから、プレーナ型光回路や光増幅器、波長多重などの論文が出始めますが、このあたりはDarwin’s Seaというよりは、次世代、即ち、All光ネットワークへの展開の一歩と捉えた方がいいように思います。私自身は、民営化したNTTの基礎研究所は如何にあるべきかという方針作りや、関西の方にATRという基礎研究所の兄弟分みたいのを作ったりで、光からは離れてしまいましたので、この辺りは他の人に話してもらった方がいいと思いますが、一言で言うと、全光ネットワーク構築に向けてもがきが始まったといったところだと思います。
s38_付録フロク2
ヒカリケーブルのケイテキ損失ソンシツゾウ問題モンダイ発生ハッセイ s39_付録3 経時的損失増の解決 
付録2 経時的損失増発生  
このs38が、19826に、NTT茨城研究所で発見ハッケンされた、一旦敷設した光ファイバケーブルに、原因不明の経時的損失増加があるという大問題です。このチョコッとした損失増が、ダーウインの海に隠れていた暗礁だったのです。
この現象に遭遇した茨城研究所は、事の重大さから、原因が分かるまで論文発表を控えようとしたのですが、海底ケーブルの研究でKDDと共同研究していた電線メーカもこれと同一の現象を発見していて、その論文発表があるということがかり、茨城研究所も急遽発表戦略を変更します。論文発表媒体は、当然ながら、投稿から発行までの期間が最短(約2週間)の英国エイコクのElectron.Lett.になります。この時期の、Electron.Lett.の掲載論文をチェックするとその足跡の一部が見えます。
以後約2年半に渡って、大規模な原因究明と対策の研究が行われます。幸い原因は外部ガイブからの水素スイソの浸入とドーパントとの相互作用であることが分かり、ケーブル製造時の対策で無事解決して大事には到りませんでしたが、緊張が走った一瞬でした。
付録3 経時的損失増の解決 
経時的損失増加現象は、発見当初トウショは極めて深刻な事態でしたが、その原因が、光ファイバの外部から“拡散した水素”と光ファイバ中に添加されたドーパントとの相互作用で起こることが判明し、光ケーブル製造に際して総合的な対策が実施され、20年以上の長期信頼性が確保されています。   
s40_付録4 
EP-3(11)超長波長帯(赤外)光ファイバ s41_付録5 赤外セキガイヒカリファイバの技術ギジュツ展開テンカイ
s40_付録4 EP-3(11)超長波長帯(赤外)光ファイバ
  
石英系光ファイバの長波長帯の開拓により、伝送損失機構が解明され、
その延長として、赤外吸収を酸化物ファイバよりさらに赤外波長域にシフト 
させる「超長波長帯低損失光ファイバ」の研究が行われました。 
s40ヒダリ図中ズチュウのy=フッ化物、x=塩化物(食塩は典型例)は、SiOでの赤外吸収端を長波長側にシフトした材料。考え方の原理は、 フッ化物や塩化物はイオン結晶で共有結合性がSiOより遙かに少ないんですが、共有結合の方が強い結合様式で、格子振動が硬いというか、短波長側にあると言うことです。硫化物ガラスの方は、構成元素に、Si、Oよりも重いAs,Sを使って、格子振動を長波長側にシフトしようという考えです。
石英ファイバでは、1μm帯を長波長と言いましたので、2−4μmこ帯は超長波長帯といます。
  
s41_付録5 EP-3(12)赤外光ファイバの技術展開 
  
赤外光ファイバの低損失化は、フッ化物ガラスで研究が進められたが
散乱損失の低減やガラスの超高純度化に技術的な障壁があり、最小
損失は0.7dB/kmにとどまっています。
  
mの吸収はOH、短波長帯は不純物。レーリー散乱はまだ顔を出していない。
これが普通の透明材料の損失スペクトルで、石英ファイバのように固有損失カーブを取れるのは稀です。
0.7dB/kmという損失値は、1/1000dB/kmの予測値からするとまだまだですが、驚異的な透明度です。
超低損失ファイバ開発者は、私も含めて、地上の星となって消えましたが、後で出てきますように、
この技術はその後、「光ファイバ増幅器」のホストガラス(1.3mm1.48mmなど)として、開花しました。
  
s42_付録6 EP-5(1)初期の光導波回路  s43_付録7 PLC製造プロセスの開発
付録6、7 平面型光回路(PLC)の開拓:PLC製造プロセスの開発 
  ハツヒカリドウ回路カイロにはハイブリッド集積シュウセキ技術ギジュツ適用テキヨウカンガえられていたが、量産性リョウサンセイ観点カンテンからは、半導体ハンドウタイプロセス技術ギジュツ利用リヨウできる、平面ヘイメン回路カイロ形成ケイセイ技術ギジュツモトめられていた。
1981ネンVADヒカリファイで極限的キョクゲンテキダツOH成功セイコウヒカリファイバの実用化ジツヨウカ見通ミトオしをVAD開発カイハツグループは、コアザイ必要ヒツヨウとしないFHDFlame Hyrolysis Deposition 火炎カエン加水カスイ分解ブンカイ堆積タイセキホウ技術ギジュツ応用オウヨウとして、Si基板上キバンジョウアツマクヒカリ回路カイロ形成ケイセイするPLC(Planar Lghtwave Circuit 平面ヘイメンヒカリドウ回路カイロ)技術ギジュツ開発カイハツしました。
s43は、s42のプロトタイプを発展させて、実用に供されているAWG(Arrayed Waveguide Grating)というプレーナ型の合・分波回路で、NTTの子会社のNTTエレクトロニクスという会社が独占的に製造販売しているんですが、この開発で、最大の課題は、Si基板の上にSiOの厚膜をつけるという事でした。どういうことかといいますと、基板は、半導体技術の成果物であるSiウエハが、不純物は少ないし、平面化加工性は良いし、導波路のSiOとのなじみも良かろういう事なんですが、光の場合には、シングルモードファイバでも、コア径8μm、クラッド径125μmですから、導波路としても、50−60μmのSiO膜をつけなくてはいけないわけですが、御存知のように、石英ガラスの熱膨張係数は殆ど0でSiの方は大きいですから、厚膜をつけると反ったり割れたりしてしまうわけです。 結論から言いますと、SiO Particlesを火炎加水分解法で堆積して厚膜を形成しているというところに独占的製造販売のノウハウが隠されていると思います。
それから、光回路の場合は、光ファイバと違って、延伸操作が入らないので、コア/クラッド界面での散乱損失は格段に大きくなりますが、
サイワ伝搬デンパン距離キョリミジカいので、ヒカリ回路カイロ損失ソンシツ目標値モクヒョウチは1dB/cm以下程度テイドになります。
s44_付録8 
DWDMのKey部品_AWG  付録8 EP-5(3)DWDMKey部品_AWG 
 s44は、PLC(Planar Lghtwave Circuit)で製作したAWG型合・分波器の応用例で、DWDMDense Wavelength-Division Multiplexing高密度波長多重)通信方式のKey部品として重用されているほか、FTTH(Fiber to the Home 加入者回線)網用の光スプリッタとして使用され、初期ショキ段階ダンカイから多数タスウ導入ドウニュウされております。
ここでは、
タンなる理論リロン解析カイセキトドまらない設計セッケイ技術ギジュツと、[先端センタン製造セイゾウ技術ギジュツとのコラボがカギになりました。
s45
参考サンコウ資料シリョウ